大学路1980’s 韓国現代演劇とソウル

大学路1980’s 韓国現代演劇とソウル

会期:2013年3月1日(金)~8月4日(日)
会場:演劇博物館3F 現代演劇コーナー
主催:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館
共催:日韓演劇交流センター
入場無料

現代演劇シリーズ第41弾「大学路 1980’s―韓国現代演劇とソウル」展

韓国ソウル市の街路の一つ「大学路(テハンノ)には現在140あまりの劇場が集まり、世界でも例を見ないユニークな劇場街が形成されています。そこではTV界への進出を狙う若手お笑い芸人のライヴや、一幕ものの軽い恋愛コメディー、少人数のミュージカル、現代劇やダンス公演、近代劇の斬新な演出による上演など、娯楽性の高いものから芸術性を追究したものまで、多種多様な公演活動が、わずか1kmに満たない街路周辺のごく狭い地域の中で日々盛んに行われています。こうした独特の演劇文化が花開くその出発点は1980年代にありました。
本展ではこの大学路に視座を据え、街の変容と共に激しく揺れ動いた1980年代の韓国演劇を紹介します。日韓の演劇交流が益々盛んになる今日、本展が両国の演劇状況を新しい角度から据えなおす契機となれば幸いです。

https://www.waseda.jp/enpaku/ex/907/

大学路1980’s 韓国現代演劇とソウル

韓国現代戯曲集Vol.6

韓国現代戯曲集6

プロフィール等は2013年時点のものです。
戯曲集の入手については日韓演劇交流センターへお問い合わせください。

掲載作品

海霧

作=金旼貞(キム・ミンジョン)
翻訳=宋美幸

金旼貞

1974年、忠清南道唐津(タンジン)生まれ。幼い頃から作家になる夢を抱き、檀国(タングク)大学国語国文学科を卒業後、韓国芸術総合学校演劇院にて劇作科(芸術専門士課程)を専攻する。在学時に執筆したデビュー作『家族ワルツ』が、第7回国立劇場新作戯曲フェスティバルで当選。実話を基にして書かれた『海霧』は、2007年に劇団演友舞台で公演され、その年の韓国演劇ベスト7に選ばれる。
他の主な作品に『十年後』(劇団小さな神話戯曲公募当選)、『私、ここにいる!』(ソウル演劇祭新作戯曲公募当選)、『吉三峰伝』(ソウル文化財団公演芸術作品公募創作支援事業選定)、『その道で君に会う』、『ミリネ(天の川)』、『君の左手』など。また、国立劇団『オイディプス』、大田文化芸術の殿堂 『人形の家』の脚色も手掛け、2011年の秋には代表作を収録した戯曲集が発刊された。

『海霧』あらすじ

大海原に浮かぶ、一隻の船。その名は、前進号。サヨリ漁を営む前進号の男たちにとって、今日の決断はとても重要だ。度重なる不漁が、彼らをどん底まで追い込んだのだ。次に失敗すれば、船は廃業となる。最後の望みを抱き、前進号は出航する。
船上という閉ざされた空間の中で、男たちは感情を爆発させる。苦楽を共にしてきた仲間。しかし、彼らが起死回生に狙うのは、大漁の夢ではない。船に朝鮮族を乗せ、韓国まで密航させる裏の仕事だ。深まる乗員たちの対立の溝。窮地から抜け出すためとはいえ、これは危ない橋なのだ。不安と葛藤が、際限なく膨らんでいく。
ひっそりと闇の中を進む船を、いつしか、波と風が囲んでいた。雨足が強くなり、そして、濃い霧。海で出会う濃い霧を海霧という。何よりも怖いのはこの霧だ。波にも道があり、風にも道があるが、霧には道がないからだ。やがて、一つの事件が起こり、それさえも霧の中に飲み込まれていく……

白い桜桃

作=裵三植(ペ・サムシク)
翻訳=木村典子

裵三植

1970年、全羅道全州生まれ。ソウル大学人類学科を卒業後、韓国芸術総合学校演劇院劇作科に入学し学ぶ。98年、演劇院在学中に、ブレヒト作『コーカサスの白墨の輪』を翻案し、劇団美醜によって芸術の殿堂で公演される。これを契機に劇作家の道へと進み、99年、『十一月』(ソウル公演芸術祭招聘作)で本格的にデビュー。作と演出を兼ねる劇作家が多いなか、独歩的な作家の道を歩んでいる。07年、大山文学賞戯曲部門、東亜演劇賞戯曲賞(『熱河日記漫歩』)、09年、東亜演劇賞戯曲賞(『白い桜桃』)を受賞。近年の代表作として『銀世界』(10)、『蜂』(11)、『三月の雪』(11)などがある。この他、マダン劇、野田秀樹『赤鬼』、福田善之『壁の中の妖精』、井上ひさし『天保十二年のシェイクスピア』を脚色。現在、同徳女子大学文芸創作科教授。

『白い桜桃』あらすじ

ソウルから東南に150キロ離れた町、ヨンウォル。静かな山里に住み始めた三人の家族と犬。庭園住宅の庭は、土壌を均したばかり。隅っこにレンギョウの古木がひっそりと佇んでいる。世間から忘れられた小説家アサンは大病後、何も書けずにいる。妻であり舞台俳優のヨンランは、ソウルの稽古で忙しい。高校生の娘ジヨンは、林檎ばかり齧っている。秋のある日、寝てばかりの老犬ウォンベクがいなくなってしまう。死の近い老犬がとった行動を契機に、死んだように生きていた人たちの魂に色が灯り始める。
劇作家のペ・サムシクは、十人の登場人物のひとりひとりを花に例えている。私も花好きなので、彼がこの舞台にどんな花を咲かせたいのか、想像することができる。大陸の更地にすっくと立てる俳優たちが集まった。
どうにもならないことに人々が地団駄を踏めば踏む程、地は固まってゆく。
そうして実りは、花を愛でる間もなく訪れようとしていた。

朝鮮刑事ホン・ユンシク

作=成耆雄
翻訳=浮島わたる

成耆雄

劇団「第12言語演劇スタジオ」代表。演出家、劇作家。
1974年、大邱生まれ。延世大学国語国文学科在学中、東京外国語大学に交換留学生として来日。延世大学卒業後、韓国芸術総合学校演劇院演出科に進学、2006年芸術専門士(M・F・A)課程卒業。
2004年『三等兵』(作・演出)を水原・華城演劇祭などで上演して以降、劇作家兼演出家として劇団「第12言語演劇スタジオ」を主宰する。作、演出のかたわら、多数の日本の戯曲を翻訳、演出し、日本の演出家との共同演出による合同公演を行うなど、日本の演劇界との交流にも精力的である。また、日本支配時代を素材とした戯曲も数多く手がけ、人気を博している。
2010年『カガクするココロ―森の奥編』(平田オリザ原作)の脚色、演出にて第四回大韓民国演劇大賞作品賞受賞。

『朝鮮刑事ホン・ユンシク』あらすじ

日本支配下の京城(現ソウル)で実際に起こった事件に着想を得て書かれた戯曲。韓国人と日本人、韓国語と日本語、科学と迷信、現実と幻想が入り乱れて展開される奇怪な事件の顛末記。昭和8年、京城の西大門警察署管内で前代未聞の奇怪極まりない乳児切断頭部遺棄事件が発生した。内地から新たに赴任してきたホン・ユンシクを加え、西大門警察の面々は事件解決に向け動き出す。いったい犯人は誰なのか? 赤ん坊の首を切り落とした目的は何なのか? 上層部の方針で失踪児童を当たっていくが、解決に向かうどころか、事件は連続殺人の様相まで呈してくる。容疑者たちは皆、それぞれに怪しいが決め手を欠き、捜査線上にはついにトッカビ(韓国の妖怪)まで浮かぶ始末……。やがて捜査方法を巡って警察内部の対立は頂点を極め、ついに二手に分かれて赤ん坊の体を探しに墓を暴きに出かけることになる。そして、事件は驚きの終結を迎える……。

無衣島紀行

作=咸世徳(ハム・セドク)
翻訳=石川樹里

咸世徳

1915年、西海岸に面した港町・仁川に生まれ、父親の転勤に伴い、幼少時をやはり港町である木浦で過ごす。仁川商業高等学校在学中から演劇をはじめ、卒業後はソウルの書店で働きながら、劇作家柳致真に師事し、劇作を学ぶ。1936年、「朝鮮文学」誌に『サンホグリ』を発表し登壇。初期は叙情豊かな写実主義戯曲『海燕』、『童僧』、『舞衣島紀行』などを執筆したが、日本の殖民統治下で次第に親日的な作品を書くようになり、日本のアジア侵略を美化した『酋長イザベラ』などを発表した。解放後は一変して社会主義に傾倒し、朝鮮文学家同盟のメンバーとして活動するとともに、『三月一日』、『太白山脈』など、社会主義思想を反映した作品を執筆した。その後、北朝鮮に渡り、朝鮮戦争の際に北朝鮮人民軍の従軍記者として南下、1950年にソウルで戦死したと伝えられる。短い生涯に、翻案・脚色を含め二十余作の戯曲を執筆した。北に渡った作家として韓国では長らく出版が禁止されていたが、1988年に全作品が解禁され、戯曲の完成度の高さが注目を集めるようになった。代表作として『童僧』、『舞衣島紀行』、『太白山脈』などがある。

『舞衣島紀行』解説
石川樹里

日本の植民統治の真っ只中に生まれ、そして朝鮮戦争で北の従軍記者として戦死した劇作家咸世德は、1930年代中盤から1940年代中盤まで、わずか十年余りの活動期間に、柳致真らとともに韓国近代演劇史に大きな足跡を残した。初期は柳致真の影響を受け、リアリズムを基盤とした現実告発劇を執筆した。それらは主に自身の故郷である海辺の町や島を舞台とし、貧しさ故に常に死と直面しなければならない漁民の暮らしを生き生きとした言葉で捉え、浪漫主義的リアリズムの土台を築いたと評価されている。
1940年代に入ると、次第に朝鮮半島の芸術は厳しい検閲と弾圧のもとに置かれるようになり、演劇界では日本の植民政策を美化する作品が盛んに奨励されるようになった。この時期を境に彼の作風は次第に現実描写から、ある意味でセンチメンタルな叙情的リアリズムの色彩を濃くしていく。『海燕』(1940)、『落花岩』(1940)、『エミレエの鐘』(1942)などの作品がこれに属す。また、この時期に書かれた作品の多くが親日的な内容を含み、後日、親日文学人として厳しく糾弾された。
『舞衣島紀行』は咸世德の初期の代表作の一つである。これは1940年9月に文芸誌『朝光』に未完の状態で一幕のみが掲載された『冬漁の終わり』を改題し、翌年四月、『人文評論』誌に掲載された。西海岸に浮かぶ小島の貧しい漁村を舞台に、漁師になって海に出ることを拒む聡明な少年と、息子を漁に出さざるを得ない逼迫した家庭の状況、少年の聡明さを見込んで婿養子にしようとする韓方医の葛藤が描かれる。
この作品の題名には「紀行」とあるが、劇は第三者の目を通して描かれてはおらず、これが「紀行」であると分かるのは、以前、少年の担任であった小学校の教師が久しぶりに舞衣島を訪れ、少年の母に再会し、少年が漁に出て亡くなったことを知ったという内容が語られる幕切れのナレーションによってである。このように荒削りな面も見られるが、登場人物たちの個性や心理が繊細に造形されているだけでなく、近代化を余儀なくされる漁業、日朝修好条規によって1883年に開港した仁川港の様子や日本人が経営する蒲鉾商店、西洋医学の普及により伝統医学が次第に廃れはじめた状況など、植民統治下の当時の世相が垣間見える一方、近海漁業の黄金期だったこの時代の漁場の活気、漁の安全を祈願する巫女の儀式や、神木の前の祠に水を供えて息子の無事を祈る母親の素朴な土着信仰などが描かれているところも興味深い。
執筆当時、この作品が上演されたという記録はなく、1942年から約一年間、日本の前進座に留学していた咸世德は、帰国直後に『舞衣島紀行』を『黄海』という題名で改作し、1943年11月に京城の府民館で開催された第2回国民演劇競演大会に参加した。ここでいう国民演劇とは、内鮮一体のスローガンに基づき、大日本帝国の臣民としてお国のために己を犠牲にする国民意識を植え付けることを目的とした演劇のことである。
二幕劇である『舞衣島紀行』は、天命が船に乗ることを決意するところで終わり、ナレーションによって天命の死が明かされるのに対し、四幕で構成された『黄海』では、天命が実際に船に乗り、嵐に遭遇する場面も登場する。が、死なずに島に戻った天命は、日本海軍に志願兵として入隊することを決意し、彼の決意を称える万歳三唱で劇は幕を閉じるのである。しかもこれが海軍特別志願兵制度が導入された1943年に上演されたのだから、まさしく「国民演劇」である。記録では柳致真の演出となっているが、実際に演出したのは咸世德本人らしい。『舞衣島紀行』から改作された『黄海』を読むと、作家に自分の作品をここまで改作させてしまう日本の植民政策の凄まじさと、そういう時代にめぐり合わせた芸術家の不遇を思わずにはいられない。
そして1945年に第二次世界大戦が終結し、朝鮮半島が植民地統治から解放されると、彼は朝鮮演劇同盟に加入し、社会主義を標榜する作品を書きはじめた。1947年に出版された戯曲集『童僧』の前書きで、彼は「この戯曲集は作家咸世徳の前時代の遺物として保存することにのみ意味がある。私は8月15日を境にこれらの作品世界から完全に脱皮した」と宣言している。この時期の代表作と言われる『古木』(1947年)は、悪徳地主の没落を通して、封建制の残存勢力、日本帝国主義の残存勢力を打破し、新たな民族国家の建設を謳う代表的な社会主義リアリズム劇である。
急速に社会主義に傾倒した咸世徳は、1947年後半に演劇仲間と共に北に渡り、李承晩大統領を米帝国主義の傀儡として批判した『大統領』(1949年)、済州島四・三事件を人民に対する反動的な大弾圧として描いた『山の人々』(1949年)などを発表した。だが、1950年に朝鮮戦争が勃発し人民軍が南下した際、従軍記者として同行し、手榴弾の爆発によって死亡したと伝えられている。
咸世徳は北に渡った社会主義作家という理由で、韓国内では研究・出版が禁止され、長らく評価されなかった。しかし1988年に越北作家たちに対する研究・出版が解禁され、劇団演友舞台が1991年に「韓国演劇の再発見シリーズ」と銘打ち『童僧』が上演されたのを機に、戯曲の完成度の高さに関心が高まった。特に『舞衣島紀行』は1999年6月、越北作家の戯曲として初めて国立劇団によって上演(金錫満=演出)された。      (石川樹里)

昔々フォーイフォイ

作=崔仁勳(チェ・イヌン)
翻訳=李應壽(イ・ウンス)

崔仁勳

1936年、咸鏡北道會寧生まれ。朝鮮戦争が勃発した50年に家族全員で越南。木浦高校からソウル大学法学部に入学するが4年で中退し、軍隊に入隊。軍服務中の59年に『自由文学』誌に『グレー倶楽部顛末記』を発表し文壇に登場。李承晩政権の倒れた60年に、それまでタブーとされていた南北分断問題を扱った長編『広場』を発表し脚光を浴びる。その後、『灰色人』、『九雲夢』、『小説家仇甫氏の一日』などの独歩的な作品を発表し、「戦後最大の作家」と評された。70年代後半以降は『昔々フォーイフォイ』(76)、『春が来れば、山に野に』(77)、『どんどん、楽浪どん』(78)、『月よ月よ、明るい月よ』(78)、『ハンスとグレーテル』(81)など、主に説話や伝説に題材をとった戯曲の創作に専念し、「劇詩人」とも称された。その後20年近く創作活動を中断していたが、長い沈黙を破って94年に自伝的小説『話題』を発表し、現在も小説家として活動している。2011年には第1回朴景利文学賞を受賞。ソウル芸術大学文芸創作学科名誉教授。

『昔々フォーイフォイ』解説
李應壽

この作品は、1976年の『世界の文学』創刊号に発表された。初演は、劇団「山河」が、ソウルのセシール劇場で、1976年11月5日から11日まで、第35回公演として上演した。当時としては珍しく1819名もの観客を集めたので、作者の崔仁勳(1936〜)には、翌年、韓国日報戯曲賞が授与された。
加えて、この作品は、韓国の全国に広く伝わる子供将軍説話の中で、平安北道のものを参照して書かれている。作者のドラマツルギーを検討するうえで貴重な資料なので、原話を、『平安北道道誌』から引用しておく。

「将帥を亡くした龍馬のいななき」
—博川「元帥峰・馬嘶岩」の故事—

昔々、博川の元帥峰の麓にあばら屋が一軒あった。ある日、この家のかみさんが玉のような男の子を産んだ。貧しいばかりではなく、近所に人家もなかったので、かみさんは自ら臍の緒を切り、お産の後の飯の仕度も自ら用意する有様であった。
お産の翌日のこと、かみさんが台所の仕事をしていると、部屋から赤ん坊の泣き声ではない、片言を話す声が聞こえてきた。かみさんは不思議に思って隙間から部屋を覗いてみた。ぎょっ! 生まれたばかりの子供が一人で壁をつたってよちよち歩きをしながら何かをしゃべっているではないか。かみさんはびっくりして部屋に飛び込み、子供を抱いて体のあちこちを調べてみた。そして再度驚いた。脇の下に翼が生えつつあるではないか。将帥である。
平凡な人間ではないことを悟った瞬間、上さんの脳裏には喜びより不安が先立った。万が一、役所にこのことが知られたら、家中皆殺しにあうのではないか。かみさんは考えたあげく、人に知れる前にこの子を殺そうと決心し、子供の腹の上に小豆袋をのせておいた。すぐ死ぬだろうと思っていた小豆袋の下の子供は、三日経っても死ななかった。小豆袋をもう一つのせて押えつけた。子供は堪えきれず、やがて息を止めた。
その日の夜から暫くの間、元帥峰の絶壁のうえから、ゆえなき馬のいななきが悲しげに聞こえてきて村人たちを驚かせた。これはほかならぬ将帥を亡くした龍馬の鳴き声であった。その後、村人たちはこの岩を馬嘶岩と名づけたと言われる。

 最後に、この作品は、両国の演劇史から考えるに、木下順二の一連の民話劇、なかでも『夕鶴』と類似していることが指摘できる。それは、説話から素材を取っている点、科白がいわば詩的言語でできている点などが、敗戦後の日本人の、そして韓国戦争(Korean War)後の韓国人のやりきれない気持ちにある種の郷愁を与え、心を癒す役割を果たしていたからである。

韓国現代戯曲ドラマリーディング Vol.6

韓国現代戯曲ドラマリーディング6

2013年2月20日~24日
シアタートラム

◯リーディング

海霧

作=金旼貞(キム・ミンジョン)
翻訳=宋美幸
演出=鈴木アツト

金旼貞

1974年、忠清南道唐津(タンジン)生まれ。幼い頃から作家になる夢を抱き、檀国(タングク)大学国語国文学科を卒業後、韓国芸術総合学校演劇院にて劇作科(芸術専門士課程)を専攻する。在学時に執筆したデビュー作『家族ワルツ』が、第7回国立劇場新作戯曲フェスティバルで当選。実話を基にして書かれた『海霧』は、2007年に劇団演友舞台で公演され、その年の韓国演劇ベスト7に選ばれる。
他の主な作品に『十年後』(劇団小さな神話戯曲公募当選)、『私、ここにいる!』(ソウル演劇祭新作戯曲公募当選)、『吉三峰伝』(ソウル文化財団公演芸術作品公募創作支援事業選定)、『その道で君に会う』、『ミリネ(天の川)』、『君の左手』など。また、国立劇団『オイディプス』、大田文化芸術の殿堂 『人形の家』の脚色も手掛け、2011年の秋には代表作を収録した戯曲集が発刊された。

『海霧』あらすじ

大海原に浮かぶ、一隻の船。その名は、前進号。サヨリ漁を営む前進号の男たちにとって、今日の決断はとても重要だ。度重なる不漁が、彼らをどん底まで追い込んだのだ。次に失敗すれば、船は廃業となる。最後の望みを抱き、前進号は出航する。
船上という閉ざされた空間の中で、男たちは感情を爆発させる。苦楽を共にしてきた仲間。しかし、彼らが起死回生に狙うのは、大漁の夢ではない。船に朝鮮族を乗せ、韓国まで密航させる裏の仕事だ。深まる乗員たちの対立の溝。窮地から抜け出すためとはいえ、これは危ない橋なのだ。不安と葛藤が、際限なく膨らんでいく。
ひっそりと闇の中を進む船を、いつしか、波と風が囲んでいた。雨足が強くなり、そして、濃い霧。海で出会う濃い霧を海霧という。何よりも怖いのはこの霧だ。波にも道があり、風にも道があるが、霧には道がないからだ。やがて、一つの事件が起こり、それさえも霧の中に飲み込まれていく……

海霧

白い桜桃

作=裵三植(ペ・サムシク)
翻訳=木村典子
演出=明神慈

裵三植

1970年、全羅道全州生まれ。ソウル大学人類学科を卒業後、韓国芸術総合学校演劇院劇作科に入学し学ぶ。98年、演劇院在学中に、ブレヒト作『コーカサスの白墨の輪』を翻案し、劇団美醜によって芸術の殿堂で公演される。これを契機に劇作家の道へと進み、99年、『十一月』(ソウル公演芸術祭招聘作)で本格的にデビュー。作と演出を兼ねる劇作家が多いなか、独歩的な作家の道を歩んでいる。07年、大山文学賞戯曲部門、東亜演劇賞戯曲賞(『熱河日記漫歩』)、09年、東亜演劇賞戯曲賞(『白い桜桃』)を受賞。近年の代表作として『銀世界』(10)、『蜂』(11)、『三月の雪』(11)などがある。この他、マダン劇、野田秀樹『赤鬼』、福田善之『壁の中の妖精』、井上ひさし『天保十二年のシェイクスピア』を脚色。現在、同徳女子大学文芸創作科教授。

『白い桜桃』あらすじ

ソウルから東南に150キロ離れた町、ヨンウォル。静かな山里に住み始めた三人の家族と犬。庭園住宅の庭は、土壌を均したばかり。隅っこにレンギョウの古木がひっそりと佇んでいる。世間から忘れられた小説家アサンは大病後、何も書けずにいる。妻であり舞台俳優のヨンランは、ソウルの稽古で忙しい。高校生の娘ジヨンは、林檎ばかり齧っている。秋のある日、寝てばかりの老犬ウォンベクがいなくなってしまう。死の近い老犬がとった行動を契機に、死んだように生きていた人たちの魂に色が灯り始める。
劇作家のペ・サムシクは、十人の登場人物のひとりひとりを花に例えている。私も花好きなので、彼がこの舞台にどんな花を咲かせたいのか、想像することができる。大陸の更地にすっくと立てる俳優たちが集まった。
どうにもならないことに人々が地団駄を踏めば踏む程、地は固まってゆく。
そうして実りは、花を愛でる間もなく訪れようとしていた。

白い桜桃

朝鮮刑事ホン・ユンシク

作=成耆雄(ソン・ギウン)
翻訳=浮島わたる
演出=広田淳一

成耆雄

劇団「第12言語演劇スタジオ」代表。演出家、劇作家。
1974年、大邱生まれ。延世大学国語国文学科在学中、東京外国語大学に交換留学生として来日。延世大学卒業後、韓国芸術総合学校演劇院演出科に進学、2006年芸術専門士(M・F・A)課程卒業。
2004年『三等兵』(作・演出)を水原・華城演劇祭などで上演して以降、劇作家兼演出家として劇団「第12言語演劇スタジオ」を主宰する。作、演出のかたわら、多数の日本の戯曲を翻訳、演出し、日本の演出家との共同演出による合同公演を行うなど、日本の演劇界との交流にも精力的である。また、日本支配時代を素材とした戯曲も数多く手がけ、人気を博している。
2010年『カガクするココロ―森の奥編』(平田オリザ原作)の脚色、演出にて第四回大韓民国演劇大賞作品賞受賞。

『朝鮮刑事ホン・ユンシク』あらすじ

日本支配下の京城(現ソウル)で実際に起こった事件に着想を得て書かれた戯曲。韓国人と日本人、韓国語と日本語、科学と迷信、現実と幻想が入り乱れて展開される奇怪な事件の顛末記。昭和8年、京城の西大門警察署管内で前代未聞の奇怪極まりない乳児切断頭部遺棄事件が発生した。内地から新たに赴任してきたホン・ユンシクを加え、西大門警察の面々は事件解決に向け動き出す。いったい犯人は誰なのか? 赤ん坊の首を切り落とした目的は何なのか? 上層部の方針で失踪児童を当たっていくが、解決に向かうどころか、事件は連続殺人の様相まで呈してくる。容疑者たちは皆、それぞれに怪しいが決め手を欠き、捜査線上にはついにトッカビ(韓国の妖怪)まで浮かぶ始末……。やがて捜査方法を巡って警察内部の対立は頂点を極め、ついに二手に分かれて赤ん坊の体を探しに墓を暴きに出かけることになる。そして、事件は驚きの終結を迎える……。

朝鮮刑事ホン・ユンシク

◯シンポジウム

日韓演劇交流の現在

金洸甫/成耆雄/松本祐子/坂手洋二

 

現代日本戯曲リーディング Vol.5

2012年1月27日~29日
明洞芸術劇場

◯リーディング

作=蓬莱竜太/翻訳=李惠貞/演出=アン・ギョンモ

プランクトンの踊り場

作=前川知大/翻訳=石川樹里/演出=ホン・ヨンウン

親の顔がみたい

作=畑澤聖悟/翻訳=木村典子&イ・ソンゴン/演出=金洸甫(キム・カンボ)

◯シンポジウム

2000年代以降の韓日演劇界の
新たな傾向と展望

ホ・スンジャ/西堂行人/前川知大/キム・バンオク(評論家)/成耆雄

◯翻訳

古い玩具

作=岸田國士/翻訳=馬政熙

ゲゲゲのげ

作=渡辺えり/翻訳=イ・ホンイ

韓国現代戯曲ドラマリーディング Vol.5

韓国現代戯曲ドラマリーディング5

2011年2月25日~27日
シアタートラム

◯リーディング

道の上の家族

作=張誠希(チャン・ソンヒ)
翻訳=石川樹里
演出=智春

作=張誠希

張誠希

1965年、江原道寧越生まれ。中央大学文芸創作科卒業、同大学院演劇学科修士。劇作家、演劇評論家。ソウル芸術大学兼任教授。1992年より演劇評論家として活動し、1996年に『青山に暮らさん』で国立劇場脚本公募創作部門受賞、さらに1997年には『パンドラの箱』が韓国日報新春文芸戯曲部門に当選し、劇作家としてデビュー。現在まで演劇評論と劇作活動を並行している。1998年大山文化財団文学人創作支援対象者選定。2001年文芸振興院新進文学人支援対象者選定。2007年文化芸術委員会芸術創作および表現活動支援戯曲部門選定。2008年『夢の中の夢』でソウル演劇祭大賞、戯曲賞受賞。
主な作品に、『夢の中の夢』(08)、『柊擬の森の思い出』(08)、『アンチ・アンティゴーネ』(07)、『水の中の家』(07)、『転生区域』(01)、『月光の中に進む』(00)、『A.D.2031、第三の日々』(99)、『この俗世の歌』(98)などがある。最新作は2010年秋に上演された『三人姉妹山荘』。1960年代に実際にあったスパイ団摘発事件をチェーホフの『三人姉妹』を下敷きにして劇化した作品。戯曲集に『張誠希戯曲集』(99)、『夢の中の夢』(09)がある。

『道の上の家族』あらすじ

舞台は晩秋のキャンプ場。妙に大きな荷物を抱えて一組の家族がやってくる。
一家は父母、老父母、少年の五人。痴呆症の老母、反抗的な少年…。
それなりに問題は抱えているようだが、何年ぶりかの家族旅行で幸福そうに振舞う一家。
だが幼い次男の不在が、不安の影のように家族に付きまとう。
劇が進行するにつれ、父親の失職と生活苦、一家の足手まといになっている老父母の存在が浮かび上がってくる。
一家の肩の荷を減らそうと、老妻とともに心中を計ろうとするが、そのタイミングさえ逃してしまう老父。
リフトから飛び降りるが、安全ネットにひっかかり、キャンプ場の管理人に連れ戻される少年。
裕福な家庭に養子にやったと家族を偽り、実は幼い次男を地下鉄の駅に置き去りにしてきた父もまた自殺を計るが失敗する。
死ぬことすらできず、希望のない明日を生きていかなければならない家族が闇に包まれていく。

道の上の家族

爾―王の男

作=金泰雄(キム・テウン)
翻訳=木村典子
演出=青井陽治

金泰雄

1965年、京畿道南楊州生まれ。劇作家、演出家。現在、劇団「優人」代表、韓国芸術総合学校演劇院劇作科教授。
ソウル大学哲学科在学中から俳優として演劇サークルで活動。卒業後、韓国芸術総合学校演劇院劇作科に入学し、 M.F.A(Master of Fine Arts)過程を終了。1997年、劇団「演友舞台」20周年新鋭作家発掘シリーズで『蠅たちの曲芸』を作・演出し、本格的なデビューをはたす。99年、東亜日報の新春文芸戯曲部門に『月光遊戯』が当選。2000年、劇団「演友舞台」で『爾』を公演し、東亜演劇賞など数々の賞を受賞し、代表作となる。この作品は05年に公開された映画『王の男』(イ・ジュニク監督)の原作としても話題となった。『門』(00)、『風船交響曲』(01)、『プルティナ』(01)を発表後、02年に『花をもつ男』で劇団「優人」を旗揚げ。『楽しい人生』(04)、『反省』(07)、『リンリンリンリン』(09)などを上演している。現在、『爾』(05年初版、10年再版/平民社)、『反省』(06/平民社)、『リンリンリンリン』(10/平民社)の四冊の戯曲集が出版されている。

『爾 王の男』あらすじ

俺の名は長生。孔吉とは無二の親友だ。二人で一座を率いて、旅回り。どこでも大人気だった。大道芸だよ、そんな上等なものじゃない。権力を笑い飛ばし、卑猥な話で客をわかせる。下ネタ満載だよ。しかも、歌舞音曲もにぎやかに、体を張った空中曲芸をやりながら!
そんな俺たちが、今や、王様お抱えの宮廷芸人だ。「戯楽院」直属の「京中優人」様だ。笑っちゃうね。孔吉の奴が、ふとしたはずみで、王様のご寵愛を受けて大出世。今や大臣。その幸運のお裾分けだってさ!
王様ってのは、燕山だよ、あの! 知らないのか?! とんでもないろくでなしだよ。いずれ、李氏朝鮮最悪の暴君なんて呼ばれるのさ。間違いないね!
しかも、べったりくっついてる愛人が、これまたとんでもない性悪女だ。元は妓生……売春婦。
俺は、王には多少は同情する。性格が捻じ曲ったのも無理ないかって思える。だけど、緑水は虫が好かない。いつか俺たちの命取りになる。
孔吉、調子に乗るな。芸人が権力なんか欲しがってどうする??!
だけど、孔吉は、王の寵愛は絶対だと信じてる。緑水と張合って、宮廷を、好き勝手に玩具にする気だ。
孔吉、俺は宮廷を出る。
王の悪政を覆す同志を集める。
革命だ。反乱軍を組織する。
気をつけろ。緑水は何でもするぞ、王の愛を、お前から奪い返すためならば! 孔吉、目をさませ。王は普通じゃない。母親の恨みを晴らす、仇を討つ。それだけで凝り固まって、目が見えない。
怪しい儀式で、母を苦しめた奴らを呪う。ふん。呪われているのはお前だ、燕山!!(青井陽治作成)

※〈爾〉とは、李氏朝鮮時代に王が臣下を敬い呼んだ呼称。劇中では燕山が孔吉を呼ぶ呼称。孔吉は賤民の身でありながら、王から〈爾〉と呼ばれた実在の人物。

王の男

月の家 タルチプ

作=盧炅植(ノ・ギョンシク)
翻訳=宋美幸
演出=矢内文章

盧炅植

1938年、全羅北道南原生まれ。南原農業高校から慶煕大学経済学部に進学、在学中に書いた随筆が国文科の教授の目に留まり、文章を書くことを勧められる。卒業後、ドラマセンター演劇アカデミーを修了。1965年に『渡り鳥』でソウル新聞新春文芸戯曲に当選。その後、出版社に勤めながら執筆活動を続ける。
代表作に『月の家(タルチプ)』(71)、『懲毖録』(75)、『小作地』(79)、『塔』(79)、『鼓』(81)、『井邑詩』(82)、『空ほど遠い国』(85)、『踊るミツバチ』(92)、『ソウルへ行く道』(95)、『千年の風』(99)、『燦爛たる悲しみ』(02)、『反民特委(ソウルの霧)』(05)、『二人の英雄』(07)、『圃隱 鄭夢周』(08)などがある。
2003年には大邱で「盧炅植演劇祭」が開催された。また、「盧炅植戯曲集」も刊行されている。南北問題に関心を持ち、「ソウル平壌演劇祭」推進委員長を務める。著書として歴史小説も書いている。
受賞歴は「百想芸術大賞」戯曲賞(71、82、86)、「韓国演劇芸術賞」(83)、「ソウル演劇祭」大賞(85)、「東亜演劇賞」作品賞(89)、「大山文学賞」(99)、「行願文化賞」(00)、「東朗・柳致眞演劇賞」(03)、「韓国戯曲文学賞」大賞(05)、「ソウル特別市文化賞」(06)、「韓国芸総芸術文化賞」大賞(09)など多数。

『月の家 タルチプ』あらすじ

1951年、小正月の二日前。山里のとある村。ここでは老婆、ソン・ガンナンが次男のチャンボと、孫嫁のスンドク、曾孫の少年と一緒に暮らしている。ガンナンは、軍隊に行った孫のウォンシク(スンドクの夫)が、無事に家へ帰って来ることと、アカになり山に入ってしまったウォンシクの弟、マンシクが早く戻って来ることを願い待っている。しかしチャンボは村長から、甥っ子のマンシクがパルチザンと共に隣村を襲い、警察隊から追撃されたかも知れないという事実を知らされる。
小正月の夕暮れ。ガンナンが二人の孫の健康を祈っている。チャンボはマンシクの亡骸を確認していたが、このことは隠し通そうと心に決める。その夜、ガンナンの家もパルチザンに襲われ、家畜と食糧を奪われた上、チャンボとスンドクは山に連れて行かれる。翌日の明け方、二人は帰って来るが、スンドクは辱めを受けていた。ガンナンは彼女に家を出ることを命ずるが、チャンボはこれを頑なに反対し大喧嘩する。そして堪えきれずに三·一事件の時、ガンナンが侮辱を受けた秘密を暴露し、家を飛び出す。
それから数時間後、ウォンシクが除隊して家に帰って来るが、彼の目は見えなくなっていた。翌朝、打ち明けられるはずのないスンドクは、木の枝に首を吊って自殺する。ガンナンは何があっても揺るがず、急がなくてはならない畑仕事のことを思い、その日に限って朝寝坊した曾孫の名前を、ただ闇雲に呼び続ける。

月の家

 

◯シンポジウム

『日韓演劇交流の歴史』

金正鈺(キム・ジョンオク)/杉本了三

韓国現代戯曲集Vol.5

韓国現代戯曲集5

プロフィール等は2011年時点のものです。
戯曲集の入手については日韓演劇交流センターへお問い合わせください。

『道の上の家族』

作=張誠希(チャン・ソンヒ)
翻訳=石川樹里

張誠希

1965年、江原道寧越生まれ。中央大学文芸創作科卒業、同大学院演劇学科修士。劇作家、演劇評論家。ソウル芸術大学兼任教授。1992年より演劇評論家として活動し、1996年に『青山に暮らさん』で国立劇場脚本公募創作部門受賞、さらに1997年には『パンドラの箱』が韓国日報新春文芸戯曲部門に当選し、劇作家としてデビュー。現在まで演劇評論と劇作活動を並行している。1998年大山文化財団文学人創作支援対象者選定。2001年文芸振興院新進文学人支援対象者選定。2007年文化芸術委員会芸術創作および表現活動支援戯曲部門選定。2008年『夢の中の夢』でソウル演劇祭大賞、戯曲賞受賞。
主な作品に、『夢の中の夢』(08)、『柊擬の森の思い出』(08)、『アンチ・アンティゴーネ』(07)、『水の中の家』(07)、『転生区域』(01)、『月光の中に進む』(00)、『A.D.2031、第三の日々』(99)、『この俗世の歌』(98)などがある。最新作は2010年秋に上演された『三人姉妹山荘』。1960年代に実際にあったスパイ団摘発事件をチェーホフの『三人姉妹』を下敷きにして劇化した作品。戯曲集に『張誠希戯曲集』(99)、『夢の中の夢』(09)がある。

『道の上の家族』あらすじ

舞台は晩秋のキャンプ場。妙に大きな荷物を抱えて一組の家族がやってくる。
一家は父母、老父母、少年の五人。痴呆症の老母、反抗的な少年…。
それなりに問題は抱えているようだが、何年ぶりかの家族旅行で幸福そうに振舞う一家。
だが幼い次男の不在が、不安の影のように家族に付きまとう。
劇が進行するにつれ、父親の失職と生活苦、一家の足手まといになっている老父母の存在が浮かび上がってくる。
一家の肩の荷を減らそうと、老妻とともに心中を計ろうとするが、そのタイミングさえ逃してしまう老父。
リフトから飛び降りるが、安全ネットにひっかかり、キャンプ場の管理人に連れ戻される少年。
裕福な家庭に養子にやったと家族を偽り、実は幼い次男を地下鉄の駅に置き去りにしてきた父もまた自殺を計るが失敗する。
死ぬことすらできず、希望のない明日を生きていかなければならない家族が闇に包まれていく。

『爾―王の男』

作/金泰雄(キム・テウン)
翻訳=木村典子

金泰雄

1965年、京畿道南楊州生まれ。劇作家、演出家。現在、劇団「優人」代表、韓国芸術総合学校演劇院劇作科教授。
ソウル大学哲学科在学中から俳優として演劇サークルで活動。卒業後、韓国芸術総合学校演劇院劇作科に入学し、 M.F.A(Master of Fine Arts)過程を終了。1997年、劇団「演友舞台」20周年新鋭作家発掘シリーズで『蠅たちの曲芸』を作・演出し、本格的なデビューをはたす。99年、東亜日報の新春文芸戯曲部門に『月光遊戯』が当選。2000年、劇団「演友舞台」で『爾』を公演し、東亜演劇賞など数々の賞を受賞し、代表作となる。この作品は05年に公開された映画『王の男』(イ・ジュニク監督)の原作としても話題となった。『門』(00)、『風船交響曲』(01)、『プルティナ』(01)を発表後、02年に『花をもつ男』で劇団「優人」を旗揚げ。『楽しい人生』(04)、『反省』(07)、『リンリンリンリン』(09)などを上演している。現在、『爾』(05年初版、10年再版/平民社)、『反省』(06/平民社)、『リンリンリンリン』(10/平民社)の四冊の戯曲集が出版されている。

『爾 王の男』あらすじ

俺の名は長生。孔吉とは無二の親友だ。二人で一座を率いて、旅回り。どこでも大人気だった。大道芸だよ、そんな上等なものじゃない。権力を笑い飛ばし、卑猥な話で客をわかせる。下ネタ満載だよ。しかも、歌舞音曲もにぎやかに、体を張った空中曲芸をやりながら!
そんな俺たちが、今や、王様お抱えの宮廷芸人だ。「戯楽院」直属の「京中優人」様だ。笑っちゃうね。孔吉の奴が、ふとしたはずみで、王様のご寵愛を受けて大出世。今や大臣。その幸運のお裾分けだってさ!
王様ってのは、燕山だよ、あの! 知らないのか?! とんでもないろくでなしだよ。いずれ、李氏朝鮮最悪の暴君なんて呼ばれるのさ。間違いないね!
しかも、べったりくっついてる愛人が、これまたとんでもない性悪女だ。元は妓生……売春婦。
俺は、王には多少は同情する。性格が捻じ曲ったのも無理ないかって思える。だけど、緑水は虫が好かない。いつか俺たちの命取りになる。
孔吉、調子に乗るな。芸人が権力なんか欲しがってどうする??!
だけど、孔吉は、王の寵愛は絶対だと信じてる。緑水と張合って、宮廷を、好き勝手に玩具にする気だ。
孔吉、俺は宮廷を出る。
王の悪政を覆す同志を集める。
革命だ。反乱軍を組織する。
気をつけろ。緑水は何でもするぞ、王の愛を、お前から奪い返すためならば! 孔吉、目をさませ。王は普通じゃない。母親の恨みを晴らす、仇を討つ。それだけで凝り固まって、目が見えない。
怪しい儀式で、母を苦しめた奴らを呪う。ふん。呪われているのはお前だ、燕山!!(青井陽治作成)

※〈爾〉とは、李氏朝鮮時代に王が臣下を敬い呼んだ呼称。劇中では燕山が孔吉を呼ぶ呼称。孔吉は賤民の身でありながら、王から〈爾〉と呼ばれた実在の人物。

『月の家 タルチプ』

作=盧炅植(ノ・ギョンシク)
翻訳=宋美幸

盧炅植

1938年、全羅北道南原生まれ。南原農業高校から慶煕大学経済学部に進学、在学中に書いた随筆が国文科の教授の目に留まり、文章を書くことを勧められる。卒業後、ドラマセンター演劇アカデミーを修了。1965年に『渡り鳥』でソウル新聞新春文芸戯曲に当選。その後、出版社に勤めながら執筆活動を続ける。
代表作に『月の家(タルチプ)』(71)、『懲毖録』(75)、『小作地』(79)、『塔』(79)、『鼓』(81)、『井邑詩』(82)、『空ほど遠い国』(85)、『踊るミツバチ』(92)、『ソウルへ行く道』(95)、『千年の風』(99)、『燦爛たる悲しみ』(02)、『反民特委(ソウルの霧)』(05)、『二人の英雄』(07)、『圃隱 鄭夢周』(08)などがある。
2003年には大邱で「盧炅植演劇祭」が開催された。また、「盧炅植戯曲集」も刊行されている。南北問題に関心を持ち、「ソウル平壌演劇祭」推進委員長を務める。著書として歴史小説も書いている。
受賞歴は「百想芸術大賞」戯曲賞(71、82、86)、「韓国演劇芸術賞」(83)、「ソウル演劇祭」大賞(85)、「東亜演劇賞」作品賞(89)、「大山文学賞」(99)、「行願文化賞」(00)、「東朗・柳致眞演劇賞」(03)、「韓国戯曲文学賞」大賞(05)、「ソウル特別市文化賞」(06)、「韓国芸総芸術文化賞」大賞(09)など多数。

『月の家 タルチプ』あらすじ

1951年、小正月の二日前。山里のとある村。ここでは老婆、ソン・ガンナンが次男のチャンボと、孫嫁のスンドク、曾孫の少年と一緒に暮らしている。ガンナンは、軍隊に行った孫のウォンシク(スンドクの夫)が、無事に家へ帰って来ることと、アカになり山に入ってしまったウォンシクの弟、マンシクが早く戻って来ることを願い待っている。しかしチャンボは村長から、甥っ子のマンシクがパルチザンと共に隣村を襲い、警察隊から追撃されたかも知れないという事実を知らされる。
小正月の夕暮れ。ガンナンが二人の孫の健康を祈っている。チャンボはマンシクの亡骸を確認していたが、このことは隠し通そうと心に決める。その夜、ガンナンの家もパルチザンに襲われ、家畜と食糧を奪われた上、チャンボとスンドクは山に連れて行かれる。翌日の明け方、二人は帰って来るが、スンドクは辱めを受けていた。ガンナンは彼女に家を出ることを命ずるが、チャンボはこれを頑なに反対し大喧嘩する。そして堪えきれずに三·一事件の時、ガンナンが侮辱を受けた秘密を暴露し、家を飛び出す。
それから数時間後、ウォンシクが除隊して家に帰って来るが、彼の目は見えなくなっていた。翌朝、打ち明けられるはずのないスンドクは、木の枝に首を吊って自殺する。ガンナンは何があっても揺るがず、急がなくてはならない畑仕事のことを思い、その日に限って朝寝坊した曾孫の名前を、ただ闇雲に呼び続ける。

『旅路』

作=尹泳先(ユン・ヨンソン)
翻訳=津川泉

尹泳先

1954年全羅南道、海南生まれ。檀国大学校英語英文学科を出て、米国ニューヨーク州立大演劇学科卒業。1993年帰国。翌年『斜視の人禅問答』で演劇界に新しい活力を吹き込む。劇団演友舞台で公演活動。97年プロジェクト・グループ「パーティー」を結成し、10編余りの戯曲を発表。日常的な事件や人物に取材し、詩的言語を駆使した劇世界を構築。韓国芸術総合学校演劇院演出科教授として、多くの弟子を育てた。06年『賃借人』演出を最後に、07年8月24日肝臓癌で亡くなった。
代表作
『旅路』06年韓国評論家協会今年の演劇ベスト3、『キス』97年韓国評論家協会ベスト3受賞

著書
『俳優の存在』(ジョセフ・チェイキン著・翻訳)95年現代美学社
『尹泳先戯曲集1』01年平民社
『尹泳先戯曲集』08年チアン出版社

『旅路』あらすじ

ソウル駅から列車で小学校同窓だった友の葬儀へ向かう五人の中年男。列車内で互いの消息を話す内に、社会的地位の差もあり、ぎこちない雰囲気に。話は失踪したキテクに移る。彼は家具工場を火事で焼失、海で行方不明になっていた。
友の葬式場所は馴染みのない土地。しめやかな通夜、突然、失踪したキテクが現れる。キテクのふてぶてしい態度に、仲間の一人が腹をたてる。
一夜明け、火葬場。火葬せず故郷に埋めてやりたかったとヤンフン。しかし、故郷はリゾート開発に収奪されている。故郷も友人も変わった。望郷の思いがそれぞれの胸によぎる。ヤンフンは故人の遺灰を触りたいと焼場に突入して騒ぎを起こす。
火葬を終えて帰るバスの中、憂さを晴らすかのようにどんちゃん騒ぎする。ソウル高速バスのターミナルでそれぞれの日常に戻ろうとする中で、ヤンフンは「また今夜、おれが死ぬかも」と動こうとしない d。久しぶりの再会がもたらした望郷の想いや追憶……。それぞれの心に生じた微妙な亀裂を縫うように、孤独な魂が寄り添う。

『流浪劇団』

作=李根三(イ・グンサム)
翻訳=洪明花

李根三

1929年、平壌生まれ。平壌師範学校、東国大学英文科、ノースカロライナ大学院卒業後、1966年ニューヨーク大学大学院修了。東国大学専任講師、中央大学副教授を経て、国際ペン倶楽部・韓国本部副会長、西江大学社会科学大学長、大韓民国芸術院会員を歴任。1958年、アメリカ・カロライナ劇会で英文戯曲『果てしなき糸口』で劇作家として登壇、1960年、『原稿用紙』で韓国デビュー。61年『大王は死を拒否した』、63年『偉大なる失踪』、65年『第十八共和国』、71年『流浪劇団』、93年『李成桂の不動産』、98年『老優の最後の演技』、01年『華麗なる家出』等、40作以上の戯曲を執筆。シェイクスピアやオニールの翻訳、西洋演劇史や演劇論の出版など、英米演劇の紹介に尽力。大韓民国芸術院賞(92)、玉冠文化勲章(94)、国民勲章牡丹章(94)、大山文学賞・戯曲部門(01) など、数々の賞を受賞。

『流浪劇団』あらすじ

日本の植民地政策が強化される中、ある劇場が閉館となる。劇団員たちは劇場からも、宿泊していた旅館からも追い出され、流浪の生活が始まる。そこで、愛を主題にした新派劇を公演するが、この公演が思想劇であるとして、団長は日本の警察に逮捕され、作家は拷問を受け、大黒柱を失った劇団は解散の危機を迎える。しかし、それぞれの思惑を抱えながらも残った劇団員たちは再び心を一つにし、新団長を中心に全国津々浦々をまわり、公演を続ける。そんな中、作家のオ・ソゴンは、村の農楽隊から新たな演劇のアイディアを得てマダン劇を行う。マダン劇の成功は劇団に活力をもたらしたが、拷問で持病を患っていたオ・ソゴンは死を迎え、劇団は再び解散の危機に。それぞれがバラバラになっていく中、後から劇団に入団した二人の若者、マンサクとセシルによって、劇団の命脈は引き継がれていく……

現代日本戯曲リーディングVol.4(ソウル)/2010年

2010年1月21日~24日
文化空間イダ

分館空間イダ

◯リーディング

新宿八犬伝 第一巻 犬の誕生

作=川村毅/翻訳=明眞淑/演出=チェ・ヨンフン

新宿八犬伝 新宿八犬伝

東京原子核クラブ

作=マキノノゾミ/翻訳=李惠貞/演出=李聖悦(イ・ソンヨル)

東京原子核クラブ 東京原子核クラブ

三月の5日間

作=岡田利規/翻訳=石川樹里/演出=成耆雄(ソン・ギウン)

三月の5日間 三月の5日間

◯セミナー
『寺山修司の作品世界』

講師=西堂行人

◯翻訳
毛皮のマリー
作=寺山修司/翻訳=洪善英

うお傳説

作=山崎哲/翻訳=朴泰圭

韓国現代戯曲ドラマリーディング Vol.4

韓国現代戯曲ドラマリーディング4

2009年3月13日~15日
シアタートラム

◯リーディング

凶家

作=李ヘジェ(イ・ヘジェ)
翻訳=木村典子
演出=篠本賢一

出演=岩崎正寛(演劇集団円)/内山厳(フリー)/加藤慶太(東京演劇アンサンブル)/川上直己(ピープルシアター)/秦由香里(演劇集団円)/鈴木絢子(ピープルシアター)/清和竜一(朋友)/手塚祐介(演劇集団円)/中山一朗(フリー)/中山昇(フリー)/福井裕子(演劇集団円)/ 伏見嘉将(朋友)/松熊つる松(青年座)/ミョンジュ(フリー)/横尾香代子(演劇集団円)

作=李ヘジェ

1971年、慶尚南道釜山生まれ。釜山南高等学校を卒業し東国大学に進学するが、演劇を志し故郷・釜山のカマゴル小劇場で演劇活動を始める。93年、再びソウルに行き、〈ウリ演劇研究所〉に所属、作家としてカントルの『死の教室』などの再構成に関わるが、九四年からフリーとなり本格的な作家活動に入る。95年、初戯曲『曲馬団物語』を発表、その後、『花畑』(96)、『詩劇 凶家(原題・凶家に光よ射せ)』(99)などを経て、2000年に同郷の俳優たちと劇団〈蜃気楼万華鏡〉を旗揚げ、活動領域を演出にも広げる。2001年~06年は演劇実験室〈恵化洞一番地〉の第三期同人となり、独自の演劇的世界を構築するとともに、『風の国』(01)、『ロミオとジュリエット』(02)、『マジック・カーペット・ライド』(05)など、ミュージカル脚本も手がける。また、2002年の〈日韓舞台芸術コラボレーションフェスティバル〉に『水漬く屍』で参加し、『出撃』(作=鐘下辰男、演出=鵜山仁)と競演。2008年には三谷幸喜『笑の大学』を演出。
2000年〈明日を開く作家〉(韓国文化芸術振興院)に選定、2005年〈今年の若い芸術家賞〉受賞。他の代表作に、『世紀初期怪奇伝記』(00)、『薛公瓚傳』(03)、『ストーリーキング捜索本部』(04)、『津波』(05)、『六分の戮』(05)、『象とわたし』(07)、『タリフォーン・モダンガール』(07)などがある。

『凶家』あらすじ

ある夜パブクスンは、自身も知らぬ間にふらふらと、三〇年前に住み込み奉公をしていた南長者の家を訪れる。荒れ果て、今は誰も住む者もない凶家となったこの家で、パブクスンはひどい過去を回想し、自殺を試みる。その時、大門鬼神となった南長者があらわれる。南長者はどうして家が没落したのか、その理由をパブクスンに問いただし、二人は賭けをする。賭けは、家神のふりをして家にとりつく雑神たちに、彼らがすでに死んでいることを教えてやること。しかも条件が三つ。言葉で死んだことは教えてはいけない、南長者を巻き込んではいけない、朝まで生きていなければならない。この賭けに負ければ、パブクスンを生きる屍にしてやるというのだ。まもなく、次々にあらわれる雑鬼たち。よく見るとかつて一緒にこの家で暮らした人々だ。三〇年前のある日、その日とまったく同じに行動する彼らを見て、驚くパブクスン。そして、奇妙にもつれ合う事情で死んでいった彼らのあの夜が再び繰り広げられる。

凶家

こんな歌

作=鄭福根(チョン・ボックン)
翻訳=石川樹里
演出=堀江ひろゆき

出演=笠河英雄(コズミックシアター)/金子順子(コズミックシアター)/清原正次(劇団大阪)/堂崎茂男(劇団潮流)/ 仲里玲央(フリー)/やまみ りんご(コズミックシアター)

作=鄭福根

1946年、忠清北道清州市生まれ。中央大学国文学科四年中退。1974年より劇団架橋の座付作家として本格的に劇作を始め、同劇団の先輩作家であった李康白の勧めで新人劇作家の登竜門である日刊紙の新春文芸に応募し、1976年に東亜日報新春文芸に『キツネ』が当選。以来三十余作の戯曲を執筆し、現在まで創作活動を続けている、韓国を代表する女性劇作家である。主に歴史の荒波に翻弄される人間の苦悩を女性の視点から捉え、過去と現在が混在する濃密な時空間を凝縮された文体で表現している。1994年以降、女性演出家ハン・テスクとコンビを組んで数々の話題作を発表した。
代表作に『台風』(78)、『チッキミ(守り神)』(87)、『毒杯』(88)、『失碑銘』(89)、『隠れた水』(92)、『こんな歌』(94)、『チェロ』(94)、『徳恵翁主』(95) 、『世宗32年』(96)、『私、キム・スイム』(97)、『羅雲奎――夢のアリラン』(99)、『ベ・ジャンファ、べ・ホンリョン』(01)、『荷』(07)などがある。1989年『失碑銘』で韓国百想芸術大賞戯曲賞、1994年『こんな歌』でソウル演劇祭戯曲賞を受賞、1997年ヨンヒ演劇賞、2008年『荷』で大山文学賞戯曲部門を受賞。

『こんな歌』あらすじ

ヨンオクは韓国の伝統衣装であるチマ・チョゴリの仕立て職人である。彼女は作業場で、一人ミシンの前に座り、チマ・チョゴリを仕立てている。彼女は幻聴に苦しめられ、過去を回想する。彼女の家は、代々裕福だった。しかし日本の植民地時代に親日家だった彼女の父親が、北朝鮮の人民軍に殺されて以来、家運が傾いてしまった。俗に言う裕福な暮らしを夢みていたヨンオクは、一流大学出身であるにもかかわらず、田舎で教師生活を送る夫に不満を持つ。彼女は、あらゆる方法を使って、夫のインスを国会議員にしようとする。結局、進歩政党に入党したインスは、でっちあげのスパイ容疑で逮捕される。夫を釈放させるために、ヨンオクは警察の口車に乗せられ、インスをスパイとして密告する。しかし検察は彼女との約束を裏切り、インスは死刑にされる。夫を告発し、死に至らせたヨンオクと息子ギョンフンは村を追われ、苦しい生活を強いられる なんとか大学院を出たギョンフンは、工場に就職し、労働組合に入って賃金闘争をはじめる。息子を労働組合から脱退させるため、ヨンオクは労組のアジトを警察に密告する。ところが、これを知ったギョンフンは、その場所に駆けつけ、焼身自殺をしてしまう。自分の愚かさに気付き、絶望に陥ったヨンオクは、夫と息子の幻影に苦しみ、部屋に火を放つ。

統一エクスプレス

作=呉泰栄(オ・テヨン)
翻訳=津川泉
演出=中村哮夫

出演=荒川大三郎(演劇集団円)/石坂重二(フリー)/伊藤克(東京演劇アンサンブル)/籠嶋徹也(ピープルシアター)/鬼頭典子(文学座)/二宮聡(ピープルシアター)/野口仁志(ピープルシアター)

作=呉泰栄

1948年ソウル生まれ。1974年ソウル芸大演劇科卒業。同年『歩行練習』が中央日報新春文芸戯曲部門当選。1979年韓国戯曲作家協会賞、1980年代は劇団76で活動。1987年戯曲集『風の前に灯をかかげ』出版。同年「戦争」で第32回現代文学戯曲部門受賞。アウトサイダー的視点から数々の社会諷刺劇を発表。88年『売春』は公演倫理委員会の公演不可判定が出たが敢行。公演事前審議制度廃止の端緒となった。以来、10年近く断筆。久々に発表したのが1999年『統一エクスプレス』。2000年『豚の脂身』、2001年『燃えるソファ』、2002年『きな粉』と立て続けに統一演劇シリーズ四本を発表、作風の大きな転換点となった。2003年『車輪』、2004年『ホテル フェニクスで眠りたい』、2006年『禅』、2008年創作戯曲活性化支援事業選定作品『おだやかな埋葬』は、ピンターの初期作品に触発され「従来の劇作法から脱皮、新しい変化を試みた」作品だという。

『統一エクスプレス』あらすじ

舞台は軍事境界線近くにある飲食店。店を偽装経営するウボと北側の行動隊員カプサンは越境する人々を南北往来秘密通路に案内し通行料を取って大金を儲けている。ウボはオッカという娘を利用している。秘密通路を通り、脱北した彼女はこの秘密通路こそ全国統一の道だと信じ、国境守備隊員たちに体を売って、地雷を掘りだし、秘密通路の安全を確保している。
そんなある日、某財閥会長が牛の群れを追い立てて北朝鮮を訪問し、政府がウボの飲食店のそばに公式往来窓口を開設したため、彼らの商売は閑散となる。ところが、分離体制固着を狙う機関員と武器販売業の財閥が、統一を阻止するために潜水艦などを使って局地戦を挑発しようと陰謀をたくらむ。その結果、商売は再び活気を帯び、彼らは喜々として祝杯を上げる。無邪気に「私たちの願いは統一」という歌を歌うオッカ。公式往来を待ち望む失郷民の老人は、夢に描いた故郷を踏むことができずに死ぬ。

統一エクスプレス

◯シンポジウム

「日韓演劇交流の歴史と末来」

金義卿(キム・ウィギョン)

韓国現代戯曲集Vol.4

韓国現代戯曲集4

入手は日韓演劇交流センターへお問い合わせください。

以下プロフィール等は2009年当時のものです。

『凶家』

作=李ヘジェ
翻訳=木村典子

李ヘジェ

1971年、慶尚南道釜山生まれ。釜山南高等学校を卒業し東国大学に進学するが、演劇を志し故郷・釜山のカマゴル小劇場で演劇活動を始める。93年、再びソウルに行き、〈ウリ演劇研究所〉に所属、作家としてカントルの『死の教室』などの再構成に関わるが、94年からフリーとなり本格的な作家活動に入る。95年、初戯曲『曲馬団物語』を発表、その後、『花畑』(96)、『詩劇 凶家(原題・凶家に光よ射せ)』(99)などを経て、00年に同郷の俳優たちと劇団〈蜃気楼万華鏡〉を旗揚げ、活動領域を演出にも広げる。01年~06年は演劇実験室〈恵化洞一番地〉の第三期同人となり、独自の演劇的世界を構築するとともに、『風の国』(01)、『ロミオとジュリエット』(02)、『マジック・カーペット・ライド』(05)など、ミュージカル脚本も手がける。また、02年の〈日韓舞台芸術コラボレーションフェスティバル〉に『水漬く屍』で参加し、『出撃』(作=鐘下辰男、演出=鵜山仁)と競演。08年には三谷幸喜『笑の大学』を演出。00年〈明日を開く作家〉(韓国文化芸術振興院)に選定、05年〈今年の若い芸術家賞〉受賞。他の代表作に、『世紀初期怪奇伝記』(00)、『薛公瓚傳』(03)、『ストーリーキング捜索本部』(04)、『津波』(05)、『六分の戮』(05)、『象とわたし』(07)、『タリフォーン・モダンガール』(07)などがある。

『凶家』あらすじ

ある夜パブクスンは、自身も知らぬ間にふらふらと、三〇年前に住み込み奉公をしていた南長者の家を訪れる。荒れ果て、今は誰も住む者もない凶家となったこの家で、パブクスンはひどい過去を回想し、自殺を試みる。その時、大門鬼神となった南長者があらわれる。南長者はどうして家が没落したのか、その理由をパブクスンに問いただし、二人は賭けをする。賭けは、家神のふりをして家にとりつく雑神たちに、彼らがすでに死んでいることを教えてやること。しかも条件が三つ。言葉で死んだことは教えてはいけない、南長者を巻き込んではいけない、朝まで生きていなければならない。この賭けに負ければ、パブクスンを生きる屍にしてやるというのだ。まもなく、次々にあらわれる雑鬼たち。よく見るとかつて一緒にこの家で暮らした人々だ。三〇年前のある日、その日とまったく同じに行動する彼らを見て、驚くパブクスン。そして、奇妙にもつれ合う事情で死んでいった彼らのあの夜が再び繰り広げられる。

『こんな歌』

作=鄭福根(チョン・ボックン)
翻訳=石川樹里

鄭福根

1946年、忠清北道清州市生まれ。中央大学国文学科四年中退。1974年より劇団架橋の座付作家として本格的に劇作を始め、同劇団の先輩作家であった李康白の勧めで新人劇作家の登竜門である日刊紙の新春文芸に応募し、1976年に東亜日報新春文芸に『キツネ』が当選。以来三十余作の戯曲を執筆し、現在まで創作活動を続けている、韓国を代表する女性劇作家である。主に歴史の荒波に翻弄される人間の苦悩を女性の視点から捉え、過去と現在が混在する濃密な時空間を凝縮された文体で表現している。1994年以降、女性演出家ハン・テスクとコンビを組んで数々の話題作を発表した。
代表作に『台風』(78)、『チッキミ(守り神)』(87)、『毒杯』(88)、『失碑銘』(89)、『隠れた水』(92)、『こんな歌』(94)、『チェロ』(94)、『徳恵翁主』(95) 、『世宗32年』(96)、『私、キム・スイム』(97)、『羅雲奎―夢のアリラン』(99)、『ベ・ジャンファ、べ・ホンリョン』(01)、『荷』(07)などがある。1989年『失碑銘』で韓国百想芸術大賞戯曲賞、1994年『こんな歌』でソウル演劇祭戯曲賞を受賞、1997年ヨンヒ演劇賞、2008年『荷』で大山文学賞戯曲部門を受賞。

『こんな歌』あらすじ

ヨンオクは韓国の伝統衣装であるチマ・チョゴリの仕立て職人である。彼女は作業場で、一人ミシンの前に座り、チマ・チョゴリを仕立てている。彼女は幻聴に苦しめられ、過去を回想する。彼女の家は、代々裕福だった。しかし日本の植民地時代に親日家だった彼女の父親が、北朝鮮の人民軍に殺されて以来、家運が傾いてしまった。俗に言う裕福な暮らしを夢みていたヨンオクは、一流大学出身であるにもかかわらず、田舎で教師生活を送る夫に不満を持つ。彼女は、あらゆる方法を使って、夫のインスを国会議員にしようとする。結局、進歩政党に入党したインスは、でっちあげのスパイ容疑で逮捕される。夫を釈放させるために、ヨンオクは警察の口車に乗せられ、インスをスパイとして密告する。しかし検察は彼女との約束を裏切り、インスは死刑にされる。夫を告発し、死に至らせたヨンオクと息子ギョンフンは村を追われ、苦しい生活を強いられる なんとか大学院を出たギョンフンは、工場に就職し、労働組合に入って賃金闘争をはじめる。息子を労働組合から脱退させるため、ヨンオクは労組のアジトを警察に密告する。ところが、これを知ったギョンフンは、その場所に駆けつけ、焼身自殺をしてしまう。自分の愚かさに気付き、絶望に陥ったヨンオクは、夫と息子の幻影に苦しみ、部屋に火を放つ。

『統一エクスプレス』

作=呉泰栄(オ・テヨン)
翻訳=津川泉

呉泰栄

1948年ソウル生まれ。1974年ソウル芸大演劇科卒業。同年『歩行練習』が中央日報新春文芸戯曲部門当選。1979年韓国戯曲作家協会賞、1980年代は劇団76で活動。1987年戯曲集『風の前に灯をかかげ』出版。同年「戦争」で第32回現代文学戯曲部門受賞。アウトサイダー的視点から数々の社会諷刺劇を発表。88年『売春』は公演倫理委員会の公演不可判定が出たが敢行。公演事前審議制度廃止の端緒となった。以来、10年近く断筆。久々に発表したのが1999年『統一エクスプレス』。2000年『豚の脂身』、01年『燃えるソファ』、02年『きな粉』と立て続けに統一演劇シリーズ4本を発表、作風の大きな転換点となった。03年『車輪』、04年『ホテル フェニクスで眠りたい』、06年『禅』、08年創作戯曲活性化支援事業選定作品『おだやかな埋葬』は、ピンターの初期作品に触発され「従来の劇作法から脱皮、新しい変化を試みた」作品だという。

『統一エクスプレス』あらすじ

舞台は軍事境界線近くにある飲食店。店を偽装経営するウボと北側の行動隊員カプサンは越境する人々を南北往来秘密通路に案内し通行料を取って大金を儲けている。ウボはオッカという娘を利用している。秘密通路を通り、脱北した彼女はこの秘密通路こそ全国統一の道だと信じ、国境守備隊員たちに体を売って、地雷を掘りだし、秘密通路の安全を確保している。
そんなある日、某財閥会長が牛の群れを追い立てて北朝鮮を訪問し、政府がウボの飲食店のそばに公式往来窓口を開設したため、彼らの商売は閑散となる。ところが、分離体制固着を狙う機関員と武器販売業の財閥が、統一を阻止するために潜水艦などを使って局地戦を挑発しようと陰謀をたくらむ。その結果、商売は再び活気を帯び、彼らは喜々として祝杯を上げる。無邪気に「私たちの願いは統一」という歌を歌うオッカ。公式往来を待ち望む失郷民の老人は、夢に描いた故郷を踏むことができずに死ぬ。

『旅立つ家族』

作=金義卿(キム・ウィギョン)
翻訳=李惠貞

金義卿

1936年生まれ。1960年ソウル大学文理学部哲学科卒業後、同年劇団「実験劇場」創立メンバーとして演劇活動を始め、1968年より1970年までアメリカのBrandeis大学院演劇学科修士課程にて演劇学を研究、修了。その後1976年、 劇団「現代劇場」を創立し、代表を務め、現在に至る。韓国演劇協会理事長(1986~88年)、ITI韓国本部会長(1994~99年)韓国BeSeTo 委員会の初代委員長(1994~2000年)を務めた。1962年戯曲『新兵候補生』で劇作家としてデビュー。主な戯曲に、『南漢山城』(74)、『植民地から来たアナーキスト』(84)、『失われた歴史を探して』(85)、『大韓国人安重根』(98)、『八萬大蔵経』(99)、および本作品『旅立つ家族』があり、このうち『南漢山城』は第11回百想芸術賞戯曲賞(1975年)、『失われた歴史を探して』は第22回百想芸術賞戯曲賞(1986年)、『旅立つ家族』は第15回ソウル演劇祭戯曲賞(1991年)、大韓民国文化芸術賞(2001年)を受賞した。戯曲以外に、翻訳書『鈴木演技論』(1993年)、『演劇経営』(2002年)、『二〇世紀の日本演劇』(2005年、共訳)などがある。

『旅立つ家族』あらすじ

この戯曲は韓国現代美術界を代表する国民的画家、李仲變(イ・ジュンソプ)(1915~1956)の半生を描いた作品である。李仲變は主に牛や子供の絵を描いた、韓国人なら誰でも知っている画家である。李仲變は、絵画を勉強するため、日本の文化学院に留学中に、後に妻となる山本方子と運命的に出会う。しかし、その後の彼の生涯は、常に時代に翻弄されることになる。動乱のため、故郷を離れ、母、兄弟とも別れて南方に逃れる。済洲島そして釜山で避難生活を送るが、度重なる生活苦と方子の病気のため、 仲變は韓国に、方子と二人の子供は日本に離れ離れに住むことになる。その後、仲變は妻と子供たちに会いに日本に行くが、自らの芸術を追究するため、絵を描く場を故郷韓国に定めて戻ってくる。一時は個展を開くほどの成功を収めるが、やがて貧困のうちに精神を病み、40歳の若さでこの世を去る。

 『自鳴鼓』

作=柳致眞(ユ・チヂン)
翻訳=山野内扶

柳致眞(ユ・チジン)

1905年~1974年。慶尚南道統営生まれ。号・東朗。統営公立普通学校を卒業後、釜山郵便局付属の通信技員養成所に通い統営郵便局に一時勤務するが、20年に日本に渡り、立教大学英文科に入学。31年、卒業と同時に帰国し、築地小劇場で活動していた洪海星らと〈演劇映画同好会〉を結成。その後、この団体を発展させ〈劇芸術研究会〉を旗揚げし、初期作『土幕』(33)、『牛』(34)などを発表。劇団解散後、39年に〈劇研座〉を旗揚げするが内部問題と日帝の強制解散命令によって再び解散。41年、朝鮮演劇協会傘下の劇団〈現代劇場〉を旗揚げ。この活動が親日派問題として後々柳致眞への評価についてまわる。50年に開館した国立中央劇場の設立に大きな役割をはたし国立劇場館長に就任、『元述郎』を公演。62年、ロックフェラー財産の支援を受けて、ドラマセンターを南山に建設。64年には演劇学校を併設し、突出した現代演劇の人材を多数輩出する実験的な空間となった。現在はソウル芸術大学と改められ、韓国を代表する演劇学校として高い評価を受けている。他の代表作に『柳の立つ村の風景』(33)、『貧民街』(34)、『麻衣太子』(34)、『自鳴鼓』(47)、『處容の歌』(53)、『青春は祖国とともに』(55)、『論介』(57)、『漢江は流れる』(58)など。また、百作品以上の演出を手がけた韓国を代表する演出家でもある。

『自鳴鼓』あらすじ

三国時代の朝鮮半島。弱小国の楽浪は中国・漢の力を借り、他国の脅威から身を守っていた。ある日、山深い国境に石碑を立てるために出向いた王たち一行の前に、高句麗の暴れ王子ホドンが現れる。彼の目的は楽浪の至宝「自鳴鼓」の破壊。この太鼓は、わずかにでも他国の侵攻があると勝手に鳴り出し、危機を知らせるという神器であった。大立ち回りのすえ、漢の若き将軍チャンチョと楽浪兵たちに捕らえられるホドン。「漢の力など借りず、朝鮮民族は一つになり、誇りをもって独立するべきだ」という彼の言葉に胸を打たれた楽浪の王女は、処刑からホドンを救い出し、自鳴鼓の破壊を決意する。