韓国現代戯曲集Vol.8

韓国現代戯曲集8

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狂った劇

作=崔緇言(チェ・チオン)
翻訳=上野紀子

崔緇言

1970年、全羅南道・霊巌に生まれる。軍除隊後に技術系の会社に入社し、政治運動、労働運動に関わるうちに文学に関心を持つようになり、ソウル科学技術大学文芸創作学科に入学。大学1年の1999年に東亜日報新春文芸詩部門に当選、3年の2001年に世界日報新春文芸小説部門に当選し、登壇する。2003年、長編戯曲『夜雨降る永渡橋をひとり歩くこの思い』でウジン創作賞を受賞して劇作家としても活動を開始。自身は詩人や小説家、劇作家という肩書きに縛られることなく「単に文章を書く文学人と呼んでほしい」と語り、多くのメディアは“ジャンルを行き来する文学人”と紹介。現実と幻想が交錯した劇空間、感覚的な台詞の妙味など、多層な劇構造が多くの観客を惹きつけ、大学路の実力派演出陣の手で舞台化されている。2009年に戯曲『姉さんたち』で大韓民国演劇大賞戯曲賞、2014年には『風変わりな話を読む趣味を持つ人たちへ』で大韓民国演劇大賞の大賞を受賞。昨年12月にはジャン・ジュネの『女中たち』をモチーフに、俳優と人形が共演する新たな形式の新作『女中パペン姉妹』が上演された。創作集団「想像頭目」代表としてテキスト重視の公演制作、演出にも携わる。

狂った劇 あらすじ

うだつのあがらない劇作家ドヨンは、妻チャンミのヒモであることに苦悩する……といった内容の戯曲を執筆中の演出家の前に、サラ金業者ハクスが現れる。借金返済をめぐるやり取りの果てに公演への投資を申し出たハクスは、戯曲に次々と口を出し、自分と同名の人物を登場させるよう命じる。だがある時、戯曲の中のハクスと現実の自分がまったく同じ状況に直面していることに気づき、愕然とする。いつしか劇世界に囚われ、抜け出せなくなっていたのだ。なんとか現実へ戻ろうとハクスは、血のついた斧を振り上げるが、時すでに遅く…。月の輝く夜、木の下で、虚と現実が回転する。

若い軟膏 ア・ラブ・ストーリー

作=尹美賢(ユン・ミヒョン)
翻訳=藤本春美

尹美賢

同徳女子大学文芸創作学科卒業。高麗大学一般大学院文芸創作学科修了。作家になったきっかけは特になく、高校時代に文学部に入部し詩を、その後大学で詩と小説を書き始め、戯曲に接したのは一番遅い。2012年『私達、面会しましょうか?』韓国戯曲作家協会新春文芸当選。2013年『若い軟膏―ア・ラブ・ストーリー』韓国文化芸術委員会、次世代芸術家公演芸術部門劇作家選定(AYAF)2015年『チョルスの乱』大田創作戯曲公募優秀賞当選。2016年『クリームパンを食べたかったヨンヒ』全国創作戯曲公募金賞当選、『オンドル床』第37回ソウル演劇祭戯曲賞受賞、『チョルスの乱』第1回大韓民国演劇大賞。

若い軟膏 あらすじ

若いオロナインと彼の両親、双子の弟妹が家賃を払って暮らしている地下室は、窓もなく雨漏りがする。滞納している家賃のせいで、毎日、高慢な大家にいびられている。双子は家を捨てて出て行く。母親は生活のため占い師になると宣言をして、客を取り始める。軟膏には家と土地を持った恋人が出来るがうまくいかない。大工を仕事にしている父親はギロチンを作り始める。一家はホームレスの住んでいた公園のあずまやに引っ越し、家を「テイクアウト」する事業を始めようとするが、都会で成功した双子が帰ってきて、一家の住むあずまやを取り壊して運び去る。

アメリカの怒れる父

作=張佑在(チャン・ウジェ)
翻訳=洪明花

張佑在

1971年生まれ。劇作家・演出家。
2014年~2016年、大眞大学文化芸術専門大学院公演映像制作修士。
1994年に『地上から20メートル(演出=金光甫)』で演劇デビュー。 2003年に『劇団2と3』を創立し、『借力士とアコーディオン』『その時各々』などを発表し注目される。しかし演劇界のあまりの窮乏に、2007年、映画界に一度身を移すが、ここで多くの挫折を経験し、2010年、再び演劇界に舞い戻る。精力的に作品を創出し、遅めの全盛期を迎える。
感覚的な筆力や鋭い人間洞察力、挑発的な想像力、時空間を自由に操る作風で、生まれながらの語り手と呼ばれ、現代の韓国演劇界をリードする作家兼演出家。社会構造を冷静に見直すことによって、“価値のある人生とは何か?”“私は誰なのか”を問いかけ、常に、観客が客観的に判断できる冷静さと余白を大切にする。2013年には『ここが家だ』で大韓民国演劇大賞と戯曲賞、2014年、『還都列車』で東亜演劇賞、2015年、『陽光シャワー』では車凡錫戯曲賞や金相烈演劇賞を連続で受賞するなど、数々の賞を総なめする。

アメリカの怒れる父 あらすじ

この戯曲は2004年5月にイスラム武装勢力によって斬首されたアメリカ兵、ニック・バーグの事件、そして彼の父親である、マイケル・バーグが英国の戦争阻止連合宛に書いた「一通の手紙」をモチーフにして描かれた作品。一人の人間の尊厳が損なわれたとき、連鎖していく信頼や敬意の損失、相手を思いやる想像力の欠如。そして促されるかのように奪われていく自尊心。この作品は戦争により構築されている現代の社会を「親子」や「家族」と言った最もミクロな社会から問い直すものである。

クミの五月

作=朴暁善(パク・ヒョソン)
翻訳=津川泉

朴暁善

1954年大田出身。全南大学国文科卒業。78年、「行動する作家」黄晳暎らと「民衆文化運動」に参加。労働者や貧しい市民のための「野火夜学」教師をしながら『咸平さつまいも』作・演出。79年、劇会「広大」を創立。80年5月の光州抗争で、劇団員と市民軍の広報活動に従事。最終決戦前夜に離脱し1年7ヵ月間の逃亡生活の末に自首。釈放後、83年劇団「トバギ(生粋・土地っ子)」創立。88年『クミの五月』、92年『彼らは潜水艦に乗った』、93年『牡丹花』、97年『青い糸赤い糸』など一連の五月劇を発表。94年、創作戯曲集『クミの五月』出版。97年第2回光州ビエンナーレ開・閉幕祭総演出。98年9月、肝臓癌で死去。

クミの五月 あらすじ

1988年初演。光州事件を描いた初の戯曲であり、1980年代の民衆劇(マダン劇)運動の記念碑的作品。女子高生クミの視線で描かれる光州事件。軍の弾圧に抵抗し最後まで県庁に立てこもって殺された兄。事件後、政府は遺族たちを要注意人物として弾圧する。貧しいが平凡で平和な家庭だったクミの家族は、兄の死後、真実解明と民主化運動に参加。ある日、警察に連行された母親を思い、光州事件を回想するクミ。マダン劇的なデフォルメや集団演技を取り入れた作品。

大漁

作=千勝世(チョン・スンセ)
翻訳=木村典子

千勝世

1939年、全羅南道、木浦生まれ。小説家・劇作家。成均館大学国文科を卒業後、新太陽社記者、文化放送専属作家、韓国日報記者を経て、第一文化興業常任作家、読書新聞勤務。大学在学中の1958年、東亜日報新春文芸に小説『チョムレと牛』が当選。一九六四年には京郷新聞新春文芸に戯曲『水路』が当選。同年、国立劇場懸賞文芸に戯曲『大漁』が当選し、翌年同作で韓国日報社第一回演劇映画芸術賞を受賞。2016年6月、大韓民国元老演劇祭で『神弓』が上演される。主要作品に、戯曲『明日』(58年)、『犬族』(59年)、『予備役』(59年)、『黄狗の悲鳴』(75年)、『神弓』(77年)、『惠慈の雪花』(78年)、中編小説集『落月島』、長編小説集『落果を拾うキリン』など。

大漁 あらすじ

韓国南部の小さな漁村を舞台に、貧しいが自分の仕事にプライドを持つ漁師とその家族を中心に、漁を通して味わう喜びと挫折、庶民の悲哀を描く。大漁で帰港した喜びのクライマックスで始まるこの劇は、獲った魚をすべて借金のかたに取られ、苦労して再び漁に出るが悪天候で二人の息子を失い、悲しみのあまり女房が発狂してしまうラストシーンまで、諧謔に富んだ全羅南道地方の方言を駆使して、生命力にあふれる庶民の暮らしぶりを生き生きとした台詞で描きだしている。